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巻頭随筆  第54巻7号 2006年7月
若者のキャリア形成と人材育成  尾木直樹
 
 「フリーターとかニートとか、私に言わせりゃごくつぶしだ、こんなものは」(3月14日都議会予算特別委員会)。
 石原東京都知事の発言です。氏の毒舌には慣れていますから、価値観の違いなら黙認もできます。しかし、ことニート問題に関しては、はなはだしい事実誤認のようです。今、24歳以下の2人に1人が非正規社員化させられ、低賃金と法律無視の劣悪な労働条件の下で働かなければなりません。そういう最も困難な労働実態のひとつの象徴的現象としてのニート問題でもあるのです。ですから簡単には聞き流せません。
 政府もニート脱出支援の、「若者自立・挑戦プラン」など、解決への舵はとろうとしています。
 しかし、ジョブカフェ・キャリアカウンセラーが実施したアンケート結果(2005年9月)では、彼らの働いていない最大の理由は、○自信がない、○行動力不足、○コミュニケーション不足、○自己分析不足、○依頼心が強い、等となっています。すなわち、人として「生きる」中核たる力、メンタルな領域に大きな課題を抱えているのです。
 これに対して、就職のために、「もっとも大事な支援」は、○行動促進、○動機付け、○自己分析、○不安の払拭、○マッチングではないかととらえているようです。
 実際にニートの若者に接してみると、ひきこもり青年たちとは、困難さの度合いがその質において全く違っている点に安堵させられます。社会や家族との接点を完全に拒絶したりしないので、ニートの青年の方が、生活面においても社会力や精神力においても、実社会や就労に移行していき易いようです。ですから、克服に際しては、ひきこもり対策とは分別したほうが両者にとって有効ではないでしょうか。
 「働きたくても気持ち空回り」と題した22歳のニート男性の声が、新聞に掲載されたことがあります。彼は工業高校を卒業し、化学会社に就職。そこで先輩との人間関係に失敗。「精神的にまいった」ので1年半で退職。今度は郵便局の配達アルバイトを開始します。ところが、ここでは服装に関して上司と対立。その対立が影響したのか、懸命に働いてもなかなかよい評価を得られず、結局1年余りで離職。
 「社会や他人ばかりを責めることはできない」「次はうまくいくかもしれない」「世の中には明るいこともあるはず」と彼は、前向きに「再度チャレンジ」を決意するのです。
 しかし、だれとでも「仲直り」できるスキルやコミュニケーション能力を獲得する“自己変革”抜きに、ただやみくもに“挑戦”だけ繰り返しても、状況を打開できるものではありません。事態を変革し、他者を信頼できる自分になること、すなわち、現在がどんなに欠点だらけであっても、変革の中に生き、未来に向かってキャリアデザインし続けることができる自己を形成することこそが、ニートの青年たちにとって、本質的で最も現実的な課題なのです。自己肯定感をたくましく豊かに育てることが求められているのです。
かつてはどこでも、職場自身が、そのような人格形成の機能を果たしていたのです。
 そう考えると、今日の職場はもちろん、学校も地域もメディアも、子ども・青年たちのキャリア形成と人材育成に関してなんと冷たい環境でしょうか。他者との競争ばかり強いて、目に見える「成果」を数値や形で急いで求めすぎていないでしょうか。
 冒頭の「ごくつぶし」発言は、そんな私たち大人社会に向けられた氏特有の問題提起と皮肉であったのかもしれません。
 
執筆者紹介
尾木直樹(おぎ・なおき)
教育評論家。法政大学キャリアデザイン学部教授、早稲田大学大学院教育学研究科客員教授。臨床教育研究所「虹」所長。専門は臨床教育学。早稲田大学卒業後、高校・中学の教師を経て現職。主著に『思春期の危機をどう見るか』(岩波新書、2006年)、『子どもの危機をどう見るか』(岩波新書、2000年)など。
 
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