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立ち読み  
編集後記  第66巻7号 2018年7月
 

▼夏休みが近づくと、小学五年生になって町内会の子どもソフトボールの朝練習に誘われたときのドキドキを思い出します。六時半に集合してラジオ体操をすませ、あとはキャッチボールやバッティング、守備の練習を行って、七時半には解散するものでした。町内会の大人の皆さんが指導してくださって、練習後には、大きなポリバケツに氷で冷やしたカルピスをひしゃくで一杯ずつ飲ませてもらうのが楽しみでした。
 たかだか子どもソフトボールですが、ヒットを打つと「おう! 甲子園に行けるぞ!」とか「大きくなったら長嶋や王みたいになれるぞ!」とおだてられ、近所の友達と目を輝かせて練習したものです。

▼もう五十年も前になりますので、指導してくださった大人の方々は戦争を体験した人ばかりで、一人がミスをすると連帯責任で全員がウサギ跳びをさせられたり、一列に並んで厳しく叱られたり、軍隊式の鍛え方が時々顔を出し、怖いと思ったこともたくさんあります。運動は苦手な子どもにも、練習参加を無理強いするようなところもありました。それでも、そんな怖さよりも、褒めてもらったり、励ましてもらったりしたときのうれしさのほうが印象に残っています。
 近所の子どもたちのために、朝早くから出勤前に時間を割いていた大人たちは、さぞかし大変だったろうに、なぜ、あんなに楽しそうに朝練習を指導してくれたのだろうと思います。私のところの町内会だけでなく、校区のほとんどの町内会で同じように朝練習が行われていました。当時の大人たちは現在よりも時間にゆとりがあったのかもしれませんが、それでも、その時間を子どもたちと一緒に過ごすことに使ってくれたことはありがたいことだったなと感じます。

▼人と人とのコミュニケーションは、言葉だけでなく、表情やしぐさ、雰囲気まで含めてやりとりされます。わかり合うことの基本は「一緒にいる」ことです。一緒に同じ時間を過ごすことで、些細な表情やしぐさ、振る舞いから、我々は、相手の気持ちや考えを感じ取れるようになっていきます。
 赤ちゃんとお母さんのコミュニケーションもそうやって成り立っていきます。子どもたちは、まだ上手に言葉を使うことができませんが、大人は一緒にいてやることで子どもの気持ちを汲み取れるようになります。子どものほうだって、大人の気持ちを感じ取れるようになります。大きなバケツにカルピスを準備してくれて、「ほら仲良く飲んで」とひしゃくで汲んでくれる笑顔を見て、「厳しいときもあるけど、おじさんたちは僕らのことを大事に思ってくれている」となんとなく感じることができたのだと思います。

▼昨今は、大人たち全般が忙しくて時間に追われていますが、子どもたちと一緒に過ごす時間を少しでも多く持てるようにしたいものです。大人たちが身近にいてくれることが、夢に挑戦する子どもたちの背中を優しく力強く押すのだと思います。

 

(山口裕幸)
 
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