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立ち読み  
編集後記  第64巻12号 2016年12月
 

▼「植物に話しかけてやると大きくなるというのは本当ですか?」子ども電話相談での小学生の質問である。「話しかけて大きくなるということはないけれど、植物を撫でてやると大きくなりますよ」というのが先生の答えであった。草花でも撫でてやると嬉しいのかもしれない。傍らに寄り添い、目を配り、心を込めて撫でることは、すべての存在にとって良いことなのだろう。

▼本号の第1特集は「子どものための保育」である。養育者の孤立化、虐待等々、子どもの保育と養育者を取り巻く現状は課題が山積している。保育の質の向上や地域支援体制の充実が望まれるが、子どもにとって最も大切なことは安心して過ごせる居場所の確保である。撫でることは植物の生育に影響するようだが、人の成長におけるスキンシップの重要性は言うまでもない。人生早期に心や体に寄り添い触れることは、子どもの安心感や信頼感を育む。そして子ども自身が社会の荒波を乗り越えていく力の源になる。生まれたばかりの子どもをなめる馬や牛、母親に必死にしがみつく子どもの姿に感動するのは、その姿が生存に必須だと私たちに刻み込まれているからだろう。子どもの安心感や周りへの信頼感を育むことができる保育を考えていくことが大人の責務である。

▼ところで、人生早期に必要な安心感は災害時の子どもにとっても重要なものである。神戸、東日本、熊本と大地震が発生し、多くの子どもが被災した。災害に圧倒され、不安や恐怖にさらされ、そこから少しずつ立ち上がる子どもの歩みが幾度となく、またいずこでも繰り返されている。10月には鳥取でも震度6の地震が起きた。どこにいても安全と安心が脅かされる可能性がある。大人はどのようにして子どもを守ったらよいだろうか。

▼第2特集は災害時の子どもを守るケアである。危機に対処する力がまだ十分に育っていない子どもは、不安や恐怖を心身で感じつつも言葉や行動で表出することができず心の底にため込むことが多い。いらだちや乱暴、甘えやわがまま、無口や引きこもりなど、子どもの反応はさまざまである。外から見てわかる不調には周りも気づき対処できる。しかし表面上目立った問題が見当たらなければ、もの言わぬ子どものストレスは見落とされやすい。周りの大人や支援者がストレスのサインに気づいて子どもの心身を守ることが急務である。心のケアは、子ども自身が自分のペースで不安や恐怖を乗り越える体験の基礎を提供する。

▼もの言わぬ植物に対して私たちは、自力で立っていればしばらく見守り、必要ならば添え木する。枝は自由に遊ばせ、伸びすぎた場合は剪定する。そんなかかわりがストレスに潰されて小さくなっているもの言わぬ子どもにも、必要であろう。疲弊した大人や支援者も同様のかかわりがあれば元気になれるだろう。もの言わぬ植物に触れてその声を聴く感受性が私たちにあるだろうか。時には樹木や草花に触れて、その声を聴いてみるゆとりを持ちたいものである。

 

(荒木登茂子)
 
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