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編集後記  第59巻5号 2011年5月
 

▼この編集後記は、2011年3月24日に書き始めた。執筆依頼はだいぶ前であったが、3月11日の東北関東大震災以来、これまで手をつける気持ちにならなかった。間違いなく世界史上に残るであろう今度のこの震災は、我が国に甚大な被害をもたらした。これほど世界中の目が我が国に向けられたことはかつてなかっただろう。現在もまだ刻々と新しい被害の情報が世界中に伝えられている。本号が出版され、読者の皆さんがこの雑誌を手にとられるときにも、まだ事態は収束を迎えていないかもしれない。今、九州に住んでいる私は義援金を寄付することぐらいしかできず、何か大変申し訳ない気持ちで日々を過ごしている。

▼この事態を受けて、教育の実践や研究に携わる者は、未来に向けて何を考えなければならないだろうか。一つは、防災についての教育であろう。これまでの防災教育の取り組みはどうであったのか。従来からの教育の内容方法で適切だったか、足りないものはなかったのか。想定外といわれる今回のような震災に対して、今後どのような防災教育を展開すればよいのか。阪神淡路大震災の後にも、同じようなことが言われてきた。しかし、阪神淡路大震災の教訓は充分に生かされたとはいえないだろう。そして今度の震災を考えるとき、危機を迎えたときに真に生きて働く力を培うために、これまでの防災教育のあり方を根本的に考え直してみる必要があるのではなかろうか。

▼もう一つ考えるべきことは、地域教育である。これから震災の被害を受けた地域の復興が本格的に始まっていく。建物や施設といったハード面の復興はもちろん大切だが、それよりも、そこに住まう人間のあり方や関係性といったソフト面の復興がもっと重要である。教育は、そのことに深い次元でコミットしていかなくてはならないのではないか。

▼教育において、地域は、おおよそ3つのパースペクティブによってとらえることができる。一つは、市町村や校区といった物理的な区画としての地域である。もう一つは、自分たちが生まれ育った郷土としての地域である。最後の一つは、子どもたちの学習のフィールドとしての地域である。従来の地域教育は、主に2番目の郷土としての地域を理解し愛することを主たる目的として展開してきたといえよう。しかし、例えば、過疎化の進んでいる地域では、いわゆる受験学力の高い子どもたちは自分たちの地域をよく知れば知るほど、地域から出ていく。地域を捨てる学力を育ててしまっているのではないか。今回の震災とこれからの復興を考えるとき、改めて必要だと思うことは、子どもたちに今そして将来暮らす場所を自分たちの地域として創造していく力をつけることである。

▼地域への愛着は自分がそこにかかわり、大切な地域になっていく過程で生まれる。重要なことは一人ひとりの人間がそれぞれの在りようで自らの住まう地域の当事者になっていくことができる教育を構想し実践していくことだろう。

 

 

(田上 哲)
 
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