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立ち読み  
編集後記  第59巻2号 2011年2月
 

▼インフォームド・コンセントは、患者さんに十分な情報を与えた上で、患者さんの同意のもとで診療を行うことであり、医療の現場でも定着しつつある。しかしながら、子どもに対しては、自分になされる診療行為について説明されることはあまりない。子どもに医療について説明することは、意味のないこと、不安を与える、と考えられている場合もある。

 例えば、子どもに対しても、脳脊髄液検査など侵襲的な検査をすることが行われている。その場合、「痛くないからね」などと言って処置が行われることもある。しかし、この方法では、子どもの心に起こってくる不安、恐怖、混乱を防ぐこともできないし、「試練を乗り越える体験」にもならない。むしろ、医療の体験が、「トラウマ」として心に残ってしまう可能性すらある。

▼欧米では医療を受ける子どもに対し、「プレパレーション」がなされることになっているが、日本でも広まりつつある。これは、「心理的準備」と訳され、子どもが医療を受ける際に、子どもに納得できるような方法で説明を行い、不安、恐怖、混乱といった心理的な反応を抑制し、子どもたちの病気に立ち向かう力を引き出すことを目的としている。
 プレパレーションは、「情報を正しく伝え」、「不安や恐怖を受け止め」、「頑張ったことを評価」するプロセスからなる。子どもが理解しやすいように、人形、絵本、パソコン画面などを用いることが一般的である。

▼例えば、注射を行う場合、人形と注射器の模型を手にして「注射はどうやってやるのかな」と話しかける。そして、注射をしなければならない理由、注射によって「チクッ」とする痛みが起こること、しかし、それは「終わる」ことを説明する。それによって、子どもは不安や恐怖を緩和することができ、混乱することを避けられる。注射に対する「怖い」といった感情、「痛い」といった感覚に対し、否定や無視はせずに、共感して受け止め、注射をしている時には、「イチ、ニ、サン」などと声を出して、気をそらせる。そして、最後に「よく頑張ったね」と褒めることによって、自己効力感を高めることも考えられている。

▼入院治療の必要な子どもへのプレパレーションのパソコンソフトも開発されている。このソフトでは、検査、手術などの内容が三次元グラフィックでわかりやすく説明されている。画面を見たり、操作することによって、「検査」や「手術」などのプロセスを疑似体験できれば、その後、自分が受ける医療行為を予測することができ、それに対し、向かい合って、乗り越えていくというイメージを作りやすい。
 子どもにとって重要なことは、将来、自立して主体的に生きていけるようになることである。それには、「不安や恐怖を乗り越えていく体験」が必要である。「病気」や「けが」が「トラウマ」になるのではなく、「試練を乗り越える体験」となるために、プレパレーションは有効であると思われる。

 

(馬場園 明)
 
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