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編集後記  第58巻3号 2010年3月
 

▼ボルネオ島でこの編集後記を書いている。10年ぶりに訪問したが、ちょうど年末で、街はイスラム新年、クリスマス、西暦新年が一緒になって大変なにぎわいとなっている。
 店先では、ちょうど1月からの新学期に合わせて、「バック・トゥー・スクール・フェア」をあちこちでやっていた。制服や靴、鞄や筆記用具などがまとめて売られる、「ワン・ストップ・ショップ」が売り文句になっている。一方では、PMRと呼ばれる中学卒業試験とSPMと呼ばれる高校の修了試験の成績が年をまたいで発表される。PMRの成績次第で例えば高校で理科コースに進めるかどうかが決まり、SPMの結果で奨学金や大学準備課程に進めるかがきまる。意欲のある若者たちは将来の進学の鍵を握ることになる成績をどきどきして待ちながら、クリスマスと新年を過ごすことになる。

▼マレーシアの家族に中1ギャップについて聞いてみると、あまり理解してもらえない。マレーシアでは小学校はとても厳しかったそうで、たいした違いはないと中学3年の息子さんが言っていた。

▼家庭でのしつけはどうであろうか。個人的な感想では、このボルネオの中華系のマレーシア人家庭には「家族のため」という結束力が最もしつけに影響を与えている。家族、親族内では一致団結して事の困難にあたり、助け合う。勉強するのも家族のため。ここにしつけの一つの原初的な意味がある。その他の影響力としては、宗教や氏族、地域組織等が結束力を持ち、社会的なしつけの力を有している。ただ、これらは内的なもので、外的、公的な公共心への効果は強くはない。一方、メディアや学校では様々なプログラムを通して公共心、道徳心等のメッセージを伝えようとしている。多民族社会のマレーシアでは民族間の軋轢もあり、偏見の排除や民族を越える公共心を育てることは殊のほか難しい課題となっている。

▼マレーシアでは民族の統合には、マレーシアン・ドリームが必要だと筆者は考えている。それは貧しさと豊かさを繋ぎ、民族と民族を繋ぐものとして機能している。夢というと、個人的な将来像や人生設計が多いが、音楽や、文学やメディアが将来の社会を想像し、読者はそれを仮想体験しながらそれぞれが社会と個人の将来を繋ぐ夢を構築する。社会的な夢の構想がなく、個人的な夢だけではその夢が果たされる場所がない。社会の夢、組織の夢、家族の夢に、自分の夢を重ねることが必要なのだろう。

▼マレーシアの12月は、日本の3月にあたるともいえる。マレーシアでは1月から新年度が始まり、子どもたちはこの時期に、気持ちを新たにし、新しい生活に胸をふくらませ、新しい夢を抱き、気持ちを高揚させていく。マレーシアではそれぞれの民族の正月も大切だが、12月に後片付けをしながら、新年と共に新年度を迎える準備をする。日本でも3月には新春を迎える気分で、身仕舞いを正し、新しい旅立ちを祝いたい。

(竹熊尚夫)
 
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