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立ち読み  
編集後記  第57巻10号 2009年10月
 

▼「たくましさを育む」というと、違和感をもつ方が少なくないようである。「たくましさ」は、もって生まれた才能であり、育てるのは困難であると思っている人もいる。また、不登校やひきこもりで悩んでいる関係者からみれば、「たくましい」子どもは羨望の対象でしかないと聞くことがある。
 「たくましさ」は、「意志が強くて、くじけない」「力強く頼もしい」「体つきががっしりしていて強そうである」といった意味で使われるが、多くの人が、「たくましい」と実感する人は、「苦難を克服して力強く生きる人」であろう。「苦難を克服して力強く生きる人」がどのような生活を送っているかを知ることによって、程度の差はあるかもしれないが、すべての子どもが「たくましくなる方法」を学習できるのではないかと考えている。

▼「健康」とは、「病気や障害のないこと」ととらえられているが、それでは病気や障害のある人は「健康」にはなれない。『健康という幻想』で、ルネ・デュポスは、「人間がいちばん望む種類の健康は、必ずしも身体的な活力と健康感にあふれたものでもない。各個人が自分の目標に到達するのに一番適した状態である」と唱えている。このとらえ方であれば、「人間は適切な目標をもち、それに向かって日々生活をすることができれば健康である」と考えられる。「たくましさ」に関しても、このようなとらえ方が必要であろう。

▼ヴィクトール・フランクルは、第二次世界大戦中、ユダヤ人であるがためにナチスによって強制収容所に送られ、彼の両親、妻、子どもは殺されてしまう。しかし、その厳しい環境を「たくましく生きた」人である。彼は、著書『夜と霧』の中で、「強制収容所の人間を精神的にしっかりさせるためには、未来の目的を見つめさせること、つまり、人生が自分を待っている、だれかが自分が待っていると、つねに思い出させることが重要だった」と述べている。自分の存在を未来との「つながり」や他者との「つながり」でとらえられることが、「たくましさ」を与えたようである。

▼「つながり」は「深い関わり」であり、目には見えないものである。毎日の生活が将来の自分や自分の重要な人との関係に深い意味をもつことを学習できることが、その人の「たくましさ」を作るのではないかと考える。「深い関わり」を意識することが自分の生命、生活、人生に意味をもたらしてくれると思われるからである。一方、刹那的で「自分の仕事」や「他人」に「深い関わり」をもてない人には、「たくましさ」を感じることはむずかしいように思う。「自分の損得で直線的にものごとを考える習慣を持つ人」には、危うさが感じられるからである。
 現在、地域や職域であったコミュニテイ的な助け合いの習慣はなくなりつつある。つきあいの煩わしさはなくなってきたが、孤立している子どもも増えているようである。そのような時代であるからこそ、「たくましく生きる大人」が子どもたちと「深い関わりあい」を持つ機会を増やしてほしいと思う。

(馬場園 明)
 
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