著者佐藤文香より


『G.I.ジェーン』とフェミニズムの間で

V『G.I.ジェーン』から女性自衛官へ

 当初、批判したいと思っていた軍隊内男女平等の主張の正体とそれをとりまくコンテクストがおぼろげながらつかめてくると、次第に気になってきたのが、自分の足元の軍事組織・自衛隊のことである。女性兵士を論じようとしている自分が、自衛隊や女性自衛官について無知であるのはおかしなことだったが、日本における自衛隊の社会科学的研究、とりわけ、ジェンダー研究の取り組みはまったく手薄であったのだ。日本のフェミニストたちが女性の軍隊参加の是非を論じる場合にも、そこではもっぱら「アメリカの女性兵士」が論じられていたのであって、自国の軍事組織における女性についてはほとんど語られてはこなかった。
 戦後、自衛隊は、日本固有の事情を抱えながらも、国際的な情勢変化の中で、着実に、大きく「成長」してきた。そして、その中には、取り立てて派手な注目を集めることもなく、しかしながら、実は自衛隊にとって不可欠な数々の役割を果たしつつ、静かに、ともに、軍事化の過程を支えてきた女たちがいる。その「自衛隊の女性たち」は、戦後50年間にわたって、ほとんど誰からも見つめられてはこなかったのだ。
 これは自己批判でもある。なぜなら、フィールドに出る前の私もまた、一切の女性自衛官の「現実」を見ようとはせず、もっぱらアメリカの女性兵士言説の「批評」に終始していたのだから。このことについて、当時、ある女性自衛官の方から、「日本のフェミニストが議論の前提としている軍事組織や女性兵士のステレオタイプは、実際の自衛隊と婦人自衛官の現状とはかけ離れて」おり、「現実を見つめることなしに、現実に自衛隊が抱えているジェンダーの問題を把握することは難しいと言わざるをえない」と厳しい批判をされた。彼女のこの批判こそ、私をフィールドに押し出す原動力となったものである。
 しかしながら、研究成果を発表する段になって、私に向けられた最大の批判とは「自衛隊を軍隊として語る」ことであった。あなたが米軍と自衛隊をパラレルに語る言説行為自体が、自衛隊を軍隊と位置付ける動きに加担するのだ、というわけである。すなわち、日本のフェミニズムの中には、自衛隊内男女平等論の出現を警戒するのみならず、「自衛隊の女性」を論ずること自体を、いまだ軍隊ならざる自衛隊を軍隊に近しいものへと構築する動きに加担してしまうものと捉えるような視座があったのである。
 そして、この警戒心は、「自衛隊の女性」の処遇の問題に目を向けぬことと表裏一体のものとしてあった。そう考えるにいたってからの私は、ある一つのことだけを繰り返し、叫び続けてきたように思う。「軍隊
女性」という問いから「軍隊女性」をとりこぼしてはいけない、自国の軍事組織の女性を、ひとまずきちんと見つめよう、と。

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